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大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)285号 判決

原告 中江充

被告 株式会社高田製鋼所

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が被告の従業員たる地位を有することを確認する。

2  被告は原告に対し、金九三五万〇八一二円及びこれに対する昭和五五年四月二六日より支払済みまで年五分の割合による金員並びに昭和五五年五月より毎月二五日限り金一七万五一六九円宛を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第2項につき仮執行の宣告。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告はバルブ、車輛、ギヤー等各種鋳鋼製品の製造販売を業としている会社であり、原告は昭和四三年一二月二五日被告に採用され、以後その従業員として勤務してきた。

被告は原告に対し、昭和五一年四月一六日解雇の通告をなし(以下、本件解雇という)、以後原告を従業員として扱わない。

2  (一) 被告は、その従業員に前月一六日から当月一五日までの賃金を右当月分として毎月二五日に支払つており、原告には本件解雇を通告する以前の三か月間(昭和五一年二月から同年四月まで)に一か月平均金一四万四八一九円の賃金を支給していた。

(二) 被告は、本件解雇以後、従業員に対して左のとおりの賃金引上げを実施した。

(1) 昭和五一年五月分の賃金から毎月一人平均金八二五〇円の臨時昇給。

(2) 昭和五二年一月分の賃金から毎月一人平均金六〇〇円の定期昇給。

(3) 同年五月分の賃金から毎月一人平均金六〇〇〇円の臨時昇給。

(4) 昭和五三年五月分の賃金から毎月一人平均金一五〇〇円の定期昇給。

(5) 昭和五四年四月分の賃金から毎月一人平均金一五〇〇円の定期昇給。

(6) 同年五月分の賃金から毎月一人平均金二〇〇〇円の臨時昇給。

(7) 昭和五五年一月分の賃金から毎月一人平均金一五〇〇円の定期昇給。

(8) 同年五月分の賃金から毎月一人平均金九〇〇〇円の臨時昇給。

(三) 被告は、本件解雇以後、従業員に対して左のとおりの一時金を支給した。

(1) 昭和五一年夏 一人平均金二五万八〇〇〇円

(2) 同年冬    同金二三万円

(3) 昭和五二年夏 同金二二万円

(4) 同年冬    同金一八万五〇〇〇円

(5) 昭和五三年夏 同金一七万円

(6) 同年冬    同金一七万円

(7) 昭和五四年夏 同金二〇万五〇〇〇円

(8) 同年冬    同金二四万円

(四) したがつて、原告が本件解雇をされることなく被告の従業員として勤務していたならば、原告は被告から、昭和五一年五月以降昭和五五年四月まで毎月二五日に別紙(一)賃金額一覧表記載のとおりの賃金の支給を受けていたはずである。

(五) また、右の場合、原告は被告から、昭和五一年以降同五四年末まで、他の従業員の受けた平均支給額と同額である別紙(二)一時金額一覧表記載のとおりの一時金の支給を受けていたはずである。

3  よつて、原告は被告に対し、原告が被告の従業員たる地位を有することの確認を求めると共に、解雇通告後の昭和五一年五月分から昭和五五年四月分までの未払賃金と一時金の合計金九三五万〇八一二円及びこれに対する昭和五五年四月分賃金の支払日の翌日である同月二六日より支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに昭和五五年五月以降毎月二五日限り賃金一か月につき金一七万五一六九円宛の各支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の(一)の事実中、平均賃金額は否認する。平均賃金額は金一四万三二五〇円である。その余の事実は認める。

同(二)、(三)の事実は認める。

同(四)、(五)は争う。

三  被告の主張

1  被告は、昭和二六年四月鋳鋼機械部品の専門メーカーとして発足し、バルブ、ピース、ギアーその他の機械部品を製造してきたが、その業務の特色は、最近の売上製品のほとんどが原子力発電及び船舶用であつて、受注先が主として二、三に限られていること、受注生産のみであるため、自主生産、見込生産ができず、生産の調整が利かないため、受注が減ると一方的に生産量及び売上高が減少すること、多品種少量生産であつて製造効率が悪いことなどであり、したがつて、売上高に対する不況の影響は常に一般産業に比べて半年ないし一年近く遅れて波及し、回復もまたそれだけ遅れることとなつた。

また、右のごとく多品種少量の受注生産であるため、必然的に受注の繁閑、納期の長短を伴うこと、造型段階後の加工及び仕上げ段階は受注内容により特殊工程を要することなどの事情から、造型後の加工及び仕上げ段階の工程を下請、外注に頼らざるを得ない。それを自社のみで消化しようとすれば、生産量が一定しないため常に膨大な設備と人員とを確保しておかなければならず、その結果、受注量の少ないときには余剰の設備と人員とを抱えることになり、平常時においても健全な経営は成り立たないこととなる。

2  被告は、昭和四八年暮のいわゆる石油シヨツク以来我国産業界全般を襲つた不況に伴う需要沈滞の影響を受けて受注が激減し、昭和四八年度に一か月平均六〇二トンあつた受注が昭和四九年度には一か月平均四八五トンに、昭和五〇年度には一か月平均二八五トンにと急激に落込み、加えて一般的需要減退に基づく過当競争による受注価格の下落(昭和四九年キロ当り金四四四円、同五〇年金三八八円、同五一年金三一九円)と、これに反比例するインフレに基因する製造原価(原材料費及び人件費)の高騰との挾打ちに会い、ついに、昭和五〇年以降生産費(製造原価)が売上額を超える赤字生産の状態に陥り、同年度の経常損失は一か月金一二〇〇万円に達し、更に、昭和五一年一月金二二六八万円余、二月金二五九九万円余と増加するに至り、このまま推移すればもはや倒産に至るしかない危局に直面し、当時の産業界全般の不況状態及び設備投資意欲の冷込みからみて、近い将来原価に見合う受注の増大及び製品価格の引上げなどによる収益改善ないし事態好転の見込みがたたない状況であつた。

3  そこで、被告は、昭和四九年以来工場協議会を通じ、被告の従業員で組織している高田製鋼所労働組合(以下、単に組合という)及び全従業員に受注状況、経理悪化等の実情を説明して協力を求め、営業部門を強化して受注の増加に努めると共に、経費節減の一層の強化、部署間の応援態勢の整備、労務管理の充実、残業の縮小規則、役員管理職の給料引下げ、管理職の定期昇給臨時昇給の停止、不況業種の認定を受けての命休(一時帰休)の実施、一台しかない社用車の廃止、守衛業務の委託、現場従業員から守衛業務への配置転換の努力(この点は実現しない結果に終つた)、不動産売却の検討などあらゆる不況対策を講じた。また、人員も、昭和四八年末の従業員三四三名に対し、昭和四九年末三三〇名、昭和五〇年末二八八名と減員し、特に、昭和五〇年に入つてからは鋭意人員整理に努力し、非常勤役職者二名の整理、高齢の守衛二名及び臨時作業員一三名の雇用打切り、定年繰上げ退職者一〇名、定年後再雇用の取止め一一名、その他自己退職者を含め合計四二名を削減しており、もちろん昭和四八年暮以降の新規採用はしていない。

4  それでもなお従業員数が過多であるので、今後の原価に見合う受注見込みを一か月三五〇トン(トン当り売上単価四三五円、同売上高一億五〇〇〇万円)、従業員一人平均一・五トンの作業効率を維持するとすれば、右受注量に見合う適正人員は二三三名と算定され、なお、五五名の剰余人員が生ずる計算になるとして、できる限り解雇は避けるとの既定方針にそい、今後の任意退職者数、企業努力、残留者の賃金引下げを考慮したうえ、三〇名(現場二五名、事務、技術系五名)の人員整理案を決定した。

5  そこで、まず希望退職者を募集することとし、事務、技術系については、年齢にばらつきがあり、かつ整理目標とした五名程度の希望退職者が出る見通しがあつたので、特に整理基準を設けないこととし、また、現場関係については、組合が人員整理に反対している態度からみて、各従業員の個人的な能率ないし被告への協力度という抽象的基準では組合や従業員の納得が得られないものと判断し、経営効率上の不利益を忍んで、転職の可能性が大きいものとの趣旨で、年齢三六歳以下の者で昭和四三年以降入社の者との画一的な基準を設定し、右基準に該当する者二五名を人員整理の対象とすることとした。

6  被告は、昭和五一年三月一五日組合に協議を申入れ、右三〇名の人員削減を骨子とする合理化案を提示したが、組合は当初から、被告が倒産する事態を招いても希望退職と指名解雇とを問わず人員整理には絶対反対という硬直した態度をとり、二回にわたつて全面ストライキを行なつたりしたが、被告が同年四月一二日まで一一回にわたつて資料を開示して人員整理のやむを得ない事情を説明して誠実に協議を重ねた結果、組合も途中から予告していた三回目のストライキを取止め、口頭では人員整理に対する抗議をしたものの、特に強硬な申入れもなく、指名解雇には反対するが希望退職の募集は強いて阻止しないとのやや柔軟な態度をとるに至つた。

7  被告は、同年三月一五日人員削減案を発表し、同年四月五日から一〇日まで希望退職者を募集したところ、右四月一〇日までに前記基準該当者二名、同基準外の者九名、その後同月一二日までに同基準外の者一名から希望退職の申出があつた。

8  被告は、現場二五名の整理対象者(基準該当者)全員の解雇を予定していたところ、右のとおりの希望退職の申出があつたため、前記基準該当者二五名から同基準該当者で希望退職を申出た二名を除いた二三名中、前記希望退職を申出た者のうち前記基準外の一〇名と同人数の者に急拠残留してもらうことになり、右一〇名の人選は各部課職制において公平に判定し、必要な技術を有する者又は技術進歩の見込みのある者一〇名を残留者とし、それ以外の原告を含む一三名に対し退職についての交渉を進めた結果、同年四月一二日から一五日までの間に原告を除く一二名は被告の苦衷を了解して退職勧告に応じた(以下、右の人員整理を本件人員整理ともいう)。

9  ところが、原告一人だけは前記退職勧告に応じなかつたので、被告は不況対策としての人員整理の必要性から、被告就業規則四五条1号「精神、もしくは身体に故障があるか、または虚弱老衰傷病のため業務に耐えられないと認められたとき」、2号「やむを得ない業務上の都合によるとき」、3号「その他前二号に準ずる程度のやむを得ない事由があるとき」中、同条2号に該当する事由があるものとして、昭和五一年四月一六日原告を解雇した。

10  右基準に該当した退職者合計一四名は、被告の斡旋又は本人の努力で全員再就職している。

11  その後昭和五一年五月以降の受注及び売上数量は、被告が目標とした一か月三五〇トンを達成し、あるいは一か月四〇〇トンを超えることもあつたが、これは本件人員整理後、被告が設備及び人員の稼動率の維持向上を計るためと長期的には大手取引先の確保及び信用の維持のため、相当程度の赤字受注を覚悟のうえで、同業他社との受注獲得競争に打勝つべく受注増大に必死の努力をしたからであつて、あえてそのような受注をするのは、変動費(原材料費、電力料等)が売上金額を下回われば固定費(人件費、設備費等)の負担が少しでも軽くなり、受注量の増大が赤字幅を減少させるからである。

また、人員は昭和五一年度に八名減少して二五〇名となり、その間一名も補充せず、そして、被告に残つた者は全員最大の努力をし、配置転換、臨機応援、外注によつて受注の消化を計り、なお賄いきれない場合は残業、公休出勤により、固定費の軽減、赤字の減少に必死の努力をした。

しかしながら、なお受注単価の低下及び固定費の負担の過多のため、更に抜本的対策を迫られている。

四  被告の主張に対する原告の認否

1  被告の主張1については、被告の営業が他産業に比較して特に特殊性があるとは考えられない。仮に好不況の波が他産業に遅れて生ずるならば、それを事前に予測して対策をたてる余裕があり、整理解雇の必要性は他産業に比較して少なくなる。

また、被告は従来から加工及び仕上げ工程のほとんどを自社内で賄つてきており、外注に出す必要のある工程は極く一部である。

2  同2の事実については、被告は被告主張の不況の影響をさほど受けていない。このことは、本件整理解雇直後より業績が上向きになつて現在に至つていることから明らかである。

被告主張の受注量、受注価格の低下、製造原価の高騰の事実は否認する。

被告が受けた程度の不況の影響は、他の企業にみられるように、それまでの蓄積の取崩しによつて乗越えられるべきものである。

3  同3の事実については、被告の実施した不況対策は通りいつぺんのものである。

一時帰休は特別法による政府からの補助金を受けるために実施したものであつて、昭和五〇年一二月をもつて終了しており、本件整理解雇時点では命休はなかつた。

守衛業務の委託及び不動産の処分は全く実施されていない。

4  同4は争う。

5  同5の事実については、後述原告の主張のとおり。

6  同6の事実については、組合は人員整理に絶対反対との態度をとつていないし、二回のストライキは人員整理反対のためでなく、春闘の賃上げ要求が目的であつた。

7  同7の事実は認める。

8  同8の事実については、後述原告の主張のとおり。

9  同9の事実については、解雇の必要性があつたことは否認し、その余の事実は認める。

10  同10の事実は認める。

11  同11は争う。

五  原告の主張

1  およそ、労働者は賃金を唯一の生活源とするところ、雇用契約は継続的法律関係であり、我国においては大部分の企業において終身雇用制がしかれており、労働者が解雇されることはその生存を脅かされることになるから、企業は一時期不況となつてもみだりに労働者を解雇することのないような経営をなすべき義務を負担しているものといわなければならない。

したがつて、企業が経営不振を理由として労働者を解雇するには、第一に、外注の廃止、諸経費の節減、希望退職者の募集、受注の増大への努力などあらゆる対策を講じても経営危機を克服し得ず、解雇の必要性が緊急にさし迫つており、企業存続のためには人員整理が不可決であり、しかも、人員整理の範囲が最少限に限られること、第二に、人員整理の基準が全従業員を対象とし、基準の設定及び対象者の具体的人選が、勤務成績、勤続年数、企業への貢献度、労働者の現在の生活状況、再就職の可能性、勤怠状況などを考慮した合理的かつ公正なものであること、第三に、労働組合及び労働者に対して十分に事態を説明してその了解を求め、人員整理の時期、方法等について労働者の納得が得られるよう、誠実な協議義務を尽したことの三要件を充足していることを要し、その一つでも満たさない場合には、解雇は雇用契約上の信義誠実の原則に違背しあるいは解雇権の濫用として、無効である。

2  しかるに、本件解雇は次のとおり右三要件のいずれをも欠き、無効である。

(一) 解雇の必要性の不存在

(1) 被告は大阪市に本社を有する国光製鋼株式会社の資本系列に属しており、被告の所在地も右国光製鋼内に置かれ、代表取締役は両会社共同一人である。

右国光製鋼の資本系列には、高田粉末冶金株式会社、国光運輸株式会社、大阪不動産興業株式会社、枚方パネル株式会社等多数の会社が存在している。

また、被告の受注先は株式会社神戸製鋼所、石川島播磨重工業株式会社、東亜バルブ株式会社、日立造船株式会社、堺製鋼株式会社等の大会社ばかりであつて、受注先の倒産及び代金支払の遅延の心配はなく、しかも、被告の生産形態も注文生産であつて、製品の買手がないということはなく、被告の経営基盤は十分に安定している。

(2) 被告は、昭和五一年四月以降の受注見込みを一か月三〇〇トン位とし、将来一か月三五〇トンまで増加させたい旨説明をしていたが、実際には昭和五一年四月以降の受注実績は一か月三五〇トンをはるかに超えている。

被告の前記生産形態からみると、昭和五一年三月には右受注量の相当部分が受注済みであり、既に受注の上昇傾向を示していたのであり、被告は昭和五一年一月及び二月の例外的な受注の減少のみをとらえて、誤まつた受注見通しをたてたものである。

(3) 被告は、通常月商の一・四ないし一・五倍を保有すれば経営に支障がないとされる現金、預金を、月商の三・七ないし六・三倍位を保有しており、借入金との相殺をして金利の負担を軽減する措置もなされていないし、また、株式配当を得られる株式を保有していながら、それを処分していない。

被告は、自己所有の被告本社敷地以外に次の遊休資産を有している。

大和高田市大字奥田字五ノ坪二七一番三

田 一八一七平方メートル

同市大字西坊城字平三郎三二一番二

宅地 二一二・一六平方メートル

同市同大字字柿ノ木三三二番

宅地 一九七一・九六平方メートル

同市同大字字梨子原三三七番一

宅地 六八・一九平方メートル

被告は、昭和五〇年八月、傍系会社として高田粉末冶金株式会社を設立し、多額の設備投資を行なつている。同会社は被告の子会社であり、その業務内容は粉末冶金及び被告の製品の熱処理加工であつて、実質は被告の業務の一部門を担当するものであるから、右投資は被告の設備投資に等しい。

また、被告は、出向、守衛業務の委託及び臨時工二名の整理を行なつていない。

右のとおり、被告は人員整理に先立つて講ぜられるべき対策をしていない。

(4) 被告は、昭和五一年四月五日、希望退職者の募集を告示したが、募集期間は同月一〇日までという極端な短期間であり、その間一〇名の希望退職の申出があつたにもかかわらず、組合の要請を無視してその期間を一日も延長せず、また、被告自ら希望退職の説得、勧告等をしていない。

その結果、本件解雇後に新たに現場従業員の中から四名の退職者、事務員の中からも退職者が出ており、しかも、被告の設定した整理基準に該当しながら残留した者の中から二名の退職者が出ているのであつて、それらの者に早く退職の説得等をしていれば、本件人員整理時に退職していたことも考えられ、そうすれば、原告を解雇する必要はなかつた。

(5) 被告の本件解雇後の次に述べるような営業状態からみても、本件解雇の必要性がなかつたことが明らかである。

被告の昭和五一年四月以降の受注実績は、被告の発表したところによると、同年四月三四三トン、五月三〇二トン、六月三九〇トン、七月四三六トン、八月四四六トン、九月四一三トン、一〇月四三二トン、一一月四〇六トン、一二月三六一トンである。

また、被告の生産実績は、同年四月三四〇トン、五月三五六トン、六月四一四トン、七月四三九トン、八月三五〇トン、九月四四六トン、一〇月三九五トン、一一月四一八トン、一二月四四七トンとなつている。

被告は、本件人員整理により原告の属した製品課の従業員を原告を含め八名整理しているのにもかかわらず、その後製品課に一一名を配置転換しており、それでも定時までの労働時間では受注をさばききれないため、従業員に対し残業及び公休出勤を要求し、それでも追いつかないため、労働時間を四〇分延長した。

被告は、本件解雇後、本件人員整理の対象となつた従業員駿賀を退職した同日に子会社の高田粉末冶金株式会社に再雇用したり、まもなく大和高田公共職業安定所に事務員の求人申込みをしたり、下請の従業員を二名増員したりしている。また、いつたん退職した大山、松本、宮本らを再雇用している。

被告は、増大する受注をさばくため、昭和五一年一月二五トン、二月五四トン、三月六一トン、四月六二トン、五月七六トン、六月九一トン、七月一一四トン、八月一一二トンを三輪運輸株式会社や松野工業所株式会社等に外注に出し、コアノツクという高価な機械を新たに購入した。

被告は、昭和五一年三月、組合に対し合理化案を提案した際、被告に残る従業員に対しては二〇パーセントの賃金引下げを行う旨言明していながら、前記のとおり賃金引上げ及び一時金の支給をした。

(6) 以上のとおり、本件解雇当時の経営状態からみても、その後の状態からみても、本件人員整理の必要性は存せず、また、被告において人員整理を回避する手段を尽しておらず、いわんや、原告一名のみを解雇する必要は存しない。

(二) 解雇基準の不合理性

本件解雇が被告の危急存亡の状況下でなされたものであるというならば、このような状況下における人員整理は、単に人員を減らすというのではなく、経営の改善を第一義とし、作業能率の悪い者から整理するのでなければならない。この場合、過去の貢献度を問題とするよりも、将来に向けて貢献度の高い者を残すようにしなければならないのであつて、単なる入社歴、年齢はその基準としての意味を有せず、欠勤率の高い者、災害多発者、熟練度の低い者、仕事に誤りが多い者、協調性のない者等の項目を優先して考慮し、次いで、労働者の個人的事情である年齢や家族状況が補完的に考慮されるべきである。すなわち、

(1) まず、被告が整理の基準として設定した昭和四三年以降に入社した者で三六歳以下との基準は、組合の了解を得るため裁量の余地の大きい抽象的な基準を避け、被告に不利な右の如き画一的基準を設定したものであるというのであるが、組合の了解を得るためといいながら右基準について組合との協議がなされておらず、画一的といいながら、基準発表時には既に基準内から除外する一〇名の残留者の氏名が決まつており、しかも、年齢又は入社歴のいずれかの上限を変えることにより対象者をどのようにでも組入れる操作ができるものであり、更に、被告に不利な基準といいながら基準内から残留者を選別するにあたつては被告にとつて必要な者を選定しており、右基準が年齢及び入社歴のみを考慮し、その他の経営改善に必要な要素を考慮に入れていないことをも考え併せると、恣意的かつ不合理なものである。

(2) 次に、右基準に該当する二三名の中から残留者を選別するについて、被告の当初の基準設定の方針を貫くならば、希望退職者が確定した昭和五一年四月一〇日の時点で整理する一三名を選別すべき入社歴及び年齢を要素とした画一的基準を改めて設定しなければならないのに、短期間のうちに昇給調書その他信頼すべき資料を検討することなく、当初の方針を変え、被告に必要な者との基準のもとに選別したものであり、しかも、原告は、被告において必要とするあらゆる技能を身につけ、主として従事した溶接作業については、原子力部品の溶接、バルブ溶接、一般部品の溶接という全種類の溶接技能を有し、ガスアセチレン溶接工の免許証及び玉掛の講習修了証を有し、残留者として選別された他の一〇名に比較し、出勤状況、勤務態度、技能等いずれの観点からも、優るとも劣ることはないし、また、残留者のすべてが人員整理の対象となつた者に比較して優れた者とはいえず、被告にとつて必要な者ともいえない。

現に、残留者中六名がその後退職し、残つた者のうち二名も他の部署に配転されており、最終的には残留者一〇名中二名のみが当時と同じ職場にとどまつているにすぎない。

(三) 協議義務の懈怠

被告は本件人員整理に際して、その経営内容、合理化方策、整理の内容、方法等について組合及び従業員に十分説明をし、その納得を得られるような努力をする義務がある。

本件解雇における労使協議の経過は次のとおりである。

(1) 組合は、昭和五一年三月一〇日、被告に対し、平均三万五〇〇〇円以上の賃金の引上げ、退職定年の六〇歳までの延長、完全週休二日制の実施等を要求したところ、被告の総務部長兼取締役大堀秀雄は、「会社としては不況対策に対する合理化案を考えており、逆に組合に対して来る三月一五日に不況対策の申入れをしたい」と言明し、右要求に応じなかつた。そして、右三月一五日、組合に対し、口頭をもつて、人員整理、賃金の引下げ等を主たる内容とする合理化案を提案した。

更に、被告は、同月一九日、組合に対し、「不況対策について」と題する文書をもつて被告の合理化案を提示した。その内容は、全従業員中三〇名の人員整理を行ない、残留従業員に対しては現行賃金額よりも二〇パーセントの賃金引下げを行なうなどという従業員の労働条件の悪化を伴う徹底したものであつたが、ただ、この時点においては、人員削減につき希望退職者三〇名を募集するとの提案だけで、指名解雇をする旨の提案はなされていなかつた。

組合は、同月二三日、臨時組合大会を開いて右問題を討議した結果、従業員のみに犠牲を押しつけ、重大な労働条件の悪化を企画した会社側の合理化案には反対である旨の意見が大勢を占め、ストライキ賛成者二一四名、反対者四〇名、無効投票一名の圧倒的多数でストライキ権を確立した。

その後、右要求及び合理化案について、被告と組合との間で交渉がもたれ、組合は被告に対し、組合の春闘要求に対する具体的解答を示すよう求めたが、大堀部長は、「組合の春闘要求に対して有額回答はできない。今のところはゼロ回答だ」とか「会社が組合に提案した合理化案を組合が認めることが先決だ。会社としては近々希望退職者三〇名の募集を告示するつもりだ」などと答えて組合の要求に応じなかつた。

また、組合は大堀部長に対し、「人員整理よりもそれ以外の合理化を進めてほしい。会社は人員整理以外の合理化案としてどのような考えをもつているのか」との質問をしたが、同部長は、「それは後回しだ。それは人員削減が片付いてからだ」と答えた。そこで、組合は、同年四月二日、ストライキを敢行したが、被告はその後一層態度を硬化させ、同月三日の交渉において、「会社としては組合が承諾しようがしまいがお構いなしに希望退職者三〇名を募集することに決定した」との発言をするに至つた。

次いで、被告は、同月五日の朝礼において、各部署の職制をして従業員に対し、被告の不況状況についての具体的説明をせず、ただ、「今回会社は希望退職者三〇名を募集することになつた。期限は四月一〇日までの五日間とする。三〇名に満たないときは指名解雇もありうる」との通告をした。

それに反発した組合は、同月八日ストライキを実行したが、あくまでも交渉によつて事態を解決したいとの方針を捨てていなかつたので、同月九日被告に対し再度交渉を申入れ、同日の交渉において、「会社が希望退職者を募ることはやむを得ない。しかし、指名解雇だけは絶対にしないでほしい」と述べて、従来よりも譲歩した態度を示したが、大堀部長は、「たとえ会社を閉鎖するようなことになつても、絶対に会社の人員整理その他の合理化案は撤回しない」との回答に終始した。しかし、組合は、話合いによる解決を計るべく、同月九日には同月一二日、一三日に予定していた四八時間ストライキを中止した。

その後、被告は、同月一二日の組合との交渉において、いきなり指名解雇の基準を示し、即日二〇名の指名解雇の予告を行なう旨を通告した。右指名解雇の基準は、生産現場の従業員は昭和四三年以降に入社した者で三六歳以下の者の中から二五名、事務系の従業員は事務所全体の中から五名というものであつたが、それまでに被告から組合に対し、指名解雇の基準、解雇予告対象者の選別基準について話合いの申入れがなされたことはなく、同日の工場協議会の席上において初めてなされたのである。

そこで、組合は被告に対し、「本日初めて指名解雇の基準が示されたのであるから、この内容を全従業員に示して希望退職者を募れば、これからまだ希望退職者が出るかもしれないから、指名解雇者の予告はあと五日間だけ、四月一七日まで延期してほしい」と要請し、「組合としても希望退職者の募集に協力する。組合も従業員に対して希望退職者応募の呼びかけをする」と表明した。

被告は右要請を受けて、組合との交渉を一時中断し重役会議を開いて協議したが、わずか数分間で重役会議を打切り、組合に対し、「延期することはしない。本日これから指名解雇者の予告を行なう」と通告し、即日二〇名に対し指名解雇の予告を通告した。そして、大堀部長は解雇予告対象者を会議室に呼出し、「四月一五日までに申出れば希望退職に振替えてやる。それまでに申出なければ君達は解雇される」と通告した。

原告はそのとき初めて指名解雇の基準を聞き、「なぜもつと早く基準を示さなかつたのか。基準にあてはまる人でも解雇を予告されないで会社に残つている人がたくさんいる。その選別はどうして決めたのですか」と質問したところ、大堀部長は、明確な基準を示さず、「それは各職場の次長が決めた」と答えたのみであつた。

右指名解雇の通告を受けた二〇名中原告を除く一九名は、四月一五日までに希望退職を申出て被告を退職した。

(2) なお、被告が希望退職者募集期間中に提案していた退職金の額は、退職金規定に基づく退職金を支給するというものであつたが、同月一二日の工場協議会における組合の退職金引上げの要求に対して、被告は右金額に給料の一か月分相当額を加算して支払う旨回答した。

このような退職条件の変更がなされた以上、それを全従業員に公表して、更に希望退職者の募集を呼びかけるべきであるのに、被告は何らそのような手続をしていない。

(3) 右のとおり、組合は相当の譲歩をし、話合いによる解決のための努力を尽したのにもかかわらず、被告は組合の要請を無視し、希望退職者の募集期間を短期間に設定し、不公正かつ不合理な解雇基準を設定し、解雇の必要性及び解雇基準について従業員の納得できるような説明をする努力をせず、組合に対しても誠意をもつて協議に応ぜず、被告の既定方針を一方的に強行したものであつて、それは労働協約一一条四号(解雇協議約款)二号(経営合理化についての協議約款)に違背する。

3  本件解雇は、不況に伴う人員整理に名を藉りて、組合の中の労働者としての権利主張を貫く被告の意にそわない者を企業外に排除することを意図してなされたものであつて、不当労働行為として無効である。すなわち、

被告は企業内における労働組合運動の拡大を虞れ、被告がいつたん解雇すべく画策をしながらそれを実現できなかつた清永正が従業員の支持を得て組合の委員長に選ばれ、同人を核として組合発展の機運が生ずるや、被告は企業の反労働者的労務管理の指導を職業としている佐野博らのグループの指導のもとに、信貴山においての秘密教育、労研会議、全従業員に対する講演等を通じて組織的な反共、反組合宣伝を行なうと共に、組合役員選挙につき下級職制を中心とする会社派候補者の組織的立候補、酒食のもてなしを武器とする会社派候補者への投票依頼、就業時間中の選挙運動、あるいは被告のいいなりにならない組合役員(例えば清永正)の解雇、不当な強制配転による組合役員資格の剥奪(植田一馬の場合)、あるいは組合役員に対する将来の昇進の約束というような組合支配介入を行なうなど、親会社である国光製鋼の労務管理方式と運動した反労働者的労務管理方式を実施してきたが、入社当時から警戒をしていた原告が、昭和四七年の組合役員選挙以降年々着実に組合員の支持を拡げ、昭和五〇年にはついに無投票で代議員に当選するに至り、被告は原告を被告から排除する目的をもつて、不況対策としての人員整理に名を藉り、会社派に属さず組合活動に活発な三六歳以下の若い労働者を対象とした、人員整理の基準ともいえないような恣意的かつ不合理な前記基準により、原告を解雇したものである。

六  原告の主張に対する被告の認否

1  原告の主張2の(一)の(1)は争う。

なお、被告の受注先には大会社も含まれるが、大会社が相手であるが故に、無理をしてでも赤字受注をして生き延びている。

同(一)の(2)は争う。

本件解雇後の被告の受注量及び売上げ数量は当初の目標を上回わつているが、同時に競争激化のため単価が漸落して原価を割つており、昭和五一年度決算においては三億三七〇〇万円余の営業損失を出している。

同(一)の(3)は争う。

現金預金総額七億九〇〇〇万円のうち運転資金となるものは八七〇〇万円余であり、その他は借入金及び割引手形の見返り又は担保となつて拘束されており、相殺等は取引銀行の信用を損うことになるので、その了解が得られなければ不可能であるが、その後その一部を取引銀行の了解を得たうえで相殺した。

被告の保有する株式は受注先の要請により取得したものがほとんどで、受注先に対する取引の関係で売却処分が困難であるが、その後取引先に被告の実情を説明し、その了解を得たうえで売却した。

原告主張にかかる土地は従業員寮の建設予定地であつたが、市街化調整区域であるため高価に売却できず、現在売却の折衝中である。

被告が臨時工二名を解雇していないことは認めるが、右二名は、高所修理及び土木関係の特殊作業を担当する不可欠要員である。

同(一)の(4)については前記のとおり。

同(一)の(5)については争う。

配転は整理によつて生じた部署間の人員の不均衡の回復を図つたものであり、駿賀は再就職であり、事務員の求人は本件解雇後の退職者の補充であり、大山、松本は昭和五三年三月の自己退職者の再雇用であり、宮本は本件整理の希望退職者であるが、昭和五四年六月に一年契約の臨時工として雇用したものである。

外注の必要性については前記のとおりであり、また外注内容も種々で、一人当りの生産トン数は単純計算できない。

コアノツクは、同種他社においてほとんど使用されているものであり、作業能率の面から格安品を購入した。

賃金引上げ及び一時金の支給については認めるが、組合との折衝の結果、最低限において支給したものである。なお、当初の賃金引下げが行なわれなかつたのは、労働時間の延長の見返りがあつたからである。

同(一)の(6)は争う。

同(二)は争う。

同(三)の(1)の事実は認める。

同(三)の(2)は争う。昭和五一年四月三日に示した退職条件は、退職金規定二条三号及び附則一を適用するというものであり、同月一二日に条件を引上げたのは、銭別金二万円を追加支給するというものであつた。

同(三)の(3)は争う。

2  原告の主張3は争う。

第三証拠〈省略〉

理由

一  本件解雇通告等

被告が、バルブ、車輛、ギヤー等各種鋳鋼製品の製造販売を業としている会社であり、原告が、昭和四三年一二月二五日被告に採用され、以後その従業員として勤務してきたこと、被告が昭和五一年四月一六日原告に対し解雇の通告をなし、以後原告を従業員として扱わないこと、被告の就業規則四五条には従業員の解雇事由として、1号「精神、もしくは身体に故障があるか、または虚弱老衰傷病のため業務に耐えられないと認められたとき」、2号「やむを得ない業務上の都合によるとき」、3号「その他前二号に準ずる程度のやむを得ない事由があるとき」と規定されていること、被告は不況対策としての人員整理の必要性があるとの理由で、昭和五一年四月一六日原告に対し、右規則四五条2号により解雇の通告をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  本件解雇に至る経過

証人大堀季雄の証言により真正に成立したものと認められる乙第一、第三号証、同第五号証の一、二、同第六号証の一ないし三、同第七号証の一ないし一四、同第八号証の一、二、同第九ないし第一一号証、同第二五ないし第二九号証、同第三二ないし第三九号証、同第四〇号証の一ないし六、同第四一号証、同第四二号証の一、二、同第四三、第四四号証、同第四五号証の一、二、同第四六ないし第五二号証の各一ないし五、同第五三、第五四、第五六、第五七号証、並びに証人大堀季雄及び同井尻正俊の各証言に当事者間に争いのない事実を総合すると次の各事実が認められる。

1  被告は、昭和二六年四月鋳鋼機械部品の専門メーカーとして発足し、バルブ、ピース、ギヤーその他の機械部品を製造してきたが、本件解雇当時の資本金は一億円、従業員二八八名であり、その業務の特色は、多品種少量の受注生産であつて、受注品の材質、形状、品質、重量等が非画一的であるため、人手を要する割合に生産効率が低く、しかも、受注先の発注内容に左右され、自主生産、見込みないし計画生産が困難であるうえ、景気の好不況の売上高の影響が他産業に比して半年ないし一年遅れて波及する業態であること、したがつて、すべての受注についてあらゆる生産工程を自社のみで賄おうとすると、一定しない生産量及び特殊な工程のために常に膨大な設備と人員とを確保しておかなければならず、それでは受注量の少ないとき又は特殊な工程を要しない受注の場合に余剰の設備と人員とを抱えることになり、固定費の増大を招き、通常の景気の状態であつても健全な経営は成立たないという点にある。

2  被告は、昭和四八年暮のいわゆる石油シヨツク以来我国産業界を襲つた不況に伴う需要沈滞の影響を受けて、売上げの大部分を占める原子力及び火力発電並びに船舶関係からの総受注量及び高単価品の受注が激減し、昭和四八年度における一か月平均六〇二トンの受注実績に対し、昭和四九年度は一か月平均四八五トン、昭和五〇年度は一か月平均二八五トンと落込み、加えて需要減退に基づく過当競争による製品価格の下落及びインフレーシヨンに起因する材料費、人件費等の上昇による製造原価の高騰のためもあつて、昭和五〇年以降製造原価が売上額を上回わる赤字生産の状態となり、同年度経常損失一か月約金一二〇〇万円に達し、更に、昭和五一年一月同損失金二二六八万円余、二月同金二五九九万円余の赤字を出し、当時の産業界全般の、特に鉄鋼、造船業界の不況状態及び設備投資意欲の冷込みからみて、近い将来、原価に見合う受注の増大及び製品価格の引上げによる収益性改善ないしは事態好転の見込みが立たない状況にあつた。

3  被告は、昭和四九年一〇月以降、被告と組合との協議の場である工場協議会の協議を経ながら、部署間の繁閑を調整するための応援、残業の縮少、管理職の給与の引下げ並びに定期昇給の停止、経費の節減、高齢者(守衛二名)の雇用取止め、営業部門の増強、臨時作業員約一二名の整理、管理職の臨時昇給の中止、不況業種の指定を受けての命休(合計三回二八日間)、停年後の雇用延長ないし再雇用の取止め、社用車の廃止、守衛業務の警備保障会社への委託、秋季レクリエーシヨンの中止、非常勤役員二名の減員、その間の自己退職者を含む四〇余名の人員の補充の取止めなどの不況打開策を順次講じた。

しかしながら、需要の減退、発注の手控え、それらに伴う受注競争の激化並びに製品価格の下落、納期の短縮化、人件費及び原料価格等の高騰による製造原価の上昇などにより、受注の増加及び製品価格の引上げ等の収益性改善の見通しは立たず、昭和五一年三月初めの二八八名(現場二四三名、事務系四五名)の従業員数ではなお人員過剰であり、被告の設備からみた生産能力は一か月五〇〇トン、その稼働率を右生産能力の八割である一か月四〇〇トン、それに見合う必須生産量をその七割である一か月三五〇トンと見込み、したがつて、受注目標量を一か月三五〇トンとし、従業員一人当りの一か月平均の生産能率を、少なくとも、被告の経常収支が黒字から赤字に転換した昭和五〇年度における従業員一人当りの生産量である約一・五トンとした場合に、右受注量に見合う適正人員は二三三名と算定され、五五名の過剰人員が生ずる計算になるとし、人員整理にその他の企業努力及び残留者の賃金引下げ策を併用してもなお三〇名(現場二五名、事務系五名)の過剰人員の整理が必要であるとして、右人員の整理を計画した。

4  そこで、被告は、右人員整理を含む合理化案を策定し、人員整理についてはまず三〇名の希望退職者を募ることとし、もし三〇名の希望退職者が現われなかつた場合でも、事務系従業員については人員構成上基準の設定が困難であるうえ五名の希望退職者の申出がある見込みであつたので解雇基準を設けることはせず、現場の従業員については、被告が昭和五一年三月一〇日組合に対し合理化についての協議を申入れた際の組合の反応が人員整理について強く反対であるとの感触であつたため、勤務成績等を考慮した実質的かつ抽象的基準では組合の納得が得難いと判断し、被告への貢献度が低く、また、給与が低いため同等の待遇の再就職口を探し易い年齢の低い者との趣旨で、昭和四三年以降入社した者で、三六歳未満の者、との画一的な解雇基準を設定し、なお、災害多発者一名(土田秀司)の解雇を予定した。

5  被告は、同年三月一五日開催の工場協議会において、組合に対し、三〇名の人員削減のための希望退職者の募集、残留者に対する二〇パーセントの賃金引下げを骨子とする合理化案を提案したところ、組合は、そのような事態を生じさせないようこれまで被告の経営方針に協力してきたのであるから、これ以上右提案には応じられない旨の回答をした。

次いで、同月一八日、一九日、二七日、三一日の各工場協議会において、被告は、右問題につき経営状態に関する資料を開示して協議を重ね、説得したが、組合は、人員削減及び賃金引下げについては絶対反対との態度をとり、協議は進展をみなかつた。

その間組合は、同月二三日の組合臨時大会においてストライキ権を確立し、同月二七日被告に対し、同年四月二日春季賃上げを要求した全日ストライキを行なう旨通告し、同日全日ストライキを実施した。

被告は同月三日の工場協議会において、組合に対し、同日から同月一〇日までの希望退職者の募集に応ずるよう説得すると共に、希望退職者が三〇名に満たない場合は指名解雇のありうることを示唆したが、組合は依然としてそれを拒否し、ストライキを行なう予定のあることを示唆した。

被告は、同月三日食堂内に希望退職者の募集の公示をすると共に、同月五日開催の工場協議会において、組合に対し、部課長会議を通じて希望退職者の応募手続について説明する旨伝え、同日から一〇日までの期間希望退職者を募集する旨を公表した。

ところが、組合は同月五日被告に対し、同月八日及び同月一二日、一三日の両日ストライキを行なう旨通告し、同月七日の工場協議会において、現に希望退職者が現われている以上、希望退職の申出を阻止することはしないとして、希望退職についての条件の引上げを要求し、被告はそれに応ずる余地のあることを示唆した。

組合は、同月八日予定通りストライキを実施し、同月九日の工場協議会において、指名解雇に絶対応じられないとの姿勢を維持したのに対し、被告は、人員整理の必要性を強調すると共に、退職条件の引上げ方法として、銭別金程度の支給を考えていること、賃金引下げについては労働時間の延長に切替える旨の提案をなし、同月一〇日の工場協議会においても、希望退職者が三〇名に満たない場合の指名解雇の必要性を力説し、組合はそれに応ずることはできず、全組合員が挙つて抵抗する旨の回答をした。

右一〇日までに申出た希望退職者は、同年三月一五日現場一名、同年四月六日現場一名、同月九日現場一名、事務系一名、同月一〇日現場八名であり、そのうち前記整理基準に該当する者は二名であつた。

そこで、被告は、右希望退職を申出た者のうち右基準外の九名及びその後退職を予定されている前記災害多発者一名の合計一〇名と同人数で被告の経営に必要な者を、右基準該当者二三名の中から残留させることとし、各部課長にその人選を命じた。

組合は、右四月一〇日、先に予定されていた同月一二日、一三日の四八時間ストライキを中止し、同月一二日の工場協議会において、被告に対し、右ストライキの中止及び同月一三日午後一時より三時間の勤務時間内組合大会に準ずる集会を開くことを通告し、更に、希望退職の条件の引上げ及び希望退職者応募期間の同月一七日までの延長を提案し、組合も希望退職者の申出の呼びかけをする旨を表明した。

これに対し、被告は、延期を重ねたうえでの減員実施であるから希望退職者募集期間の延長には応じられないこと、希望退職者には銭別金を支給すること、希望退職者が削減予定人員に満たない場合には、事務、技術系統については全従業員の中から五名、現場関係については昭和四三年以降入社の者で三六歳未満の者二五名との基準により退職勧告をしたうえ指名解雇すること、退職勧告に同月一五日までに応じた者は希望退職者として扱い、その者には右銭別金を支給するが、指名解雇者にはそれを支給しないこと、既に申出のあつた希望退職者中右基準に該当しない者と同人数の者を、右基準に該当する者で被告の経営にとつて必要な者を選別し、残留させることを通告した。

6  被告は同日、右基準内であつて、残留者の人選に含まれなかつた原告を含む一三名に対し、各部署毎に解雇の必要性、解雇の基準、退職勧告に応じた場合の処遇等の退職の条件などを説明して退職勧告及び指名解雇の予告を行なつたところ、同日五名、同月一三日三名、同月一四日三名、同月一五日一名、合計一二名が退職勧告に応じたが、原告一人のみそれに応じなかつたため、被告は、前記のとおり、同月一六日、就業規則四五条2号により原告を解雇した。

三  本件解雇の効力

1  本件人員整理及び解雇の必要性

右認定事実によれば、被告は、昭和四九年以降の不況による受注減、需要減退による製品価格の下落、インフレーシヨンによる製造原価の高騰のため、昭和五〇年以降赤字生産となり、同年以降多額の経常損失を累積させ、その間収益性の改善及び経営の合理化のため、人員整理、人的、物的設備の効率的活用、賃金等の引下げないし固定化、経費の節減などの合理化措置を講じてきたが、なお収益性改善ないし事態好転の見込が立たず、そのまま推移すれば、企業倒産の危険があり、それを回避するためには、更に、人件費等の固定費を軽減して製造原価をできるだけ低く押えるべく、前記のとおり少なくとも三〇名(現場二五名、事務系五名)の過剰人員の整理をする必要があつたものと認められる。

この点に関し、原告は種々の主張をするので(事実摘示五の2の(一))、以下この点について判断する。

当事者間に争いのない事実及び真正に成立したことにつき当事者間に争いのない甲第三〇ないし第三五、第七〇号証によれば、被告は国光製鋼株式会社等多数の系列会社の一つであり、株式会社神戸製鋼所、石川島播磨重工業株式会社、東亜パルプ株式会社等大会社との取引関係を有することが認められ、受注先の倒産及び代金支払の遅延ということは一応心配ないことが窺えるが、被告の経営危機は、前記のとおり、受注量の減退及び赤字受注による損失の増大に起因するものであつて、受注品の販売に困難をきたしているとか、代金の回収ができないということに起因しているものでないから、右原告主張のような事実が存在するからといつて、直ちに被告の経営基盤が十分に安定しているということはできない。

撮影年月日、撮影者、撮影対象について当事者間に争いのない検甲第一ないし第一一、第一六ないし第二三号証、並びに前記大堀及び井尻の各証言に当事者間に争いのない事実を総合すると、本件人員整理後の受注量、生産量共に被告の当初の予想を上回つていることが認められるが、他方、右各証言及びそれらにより真正に成立したものを認められる乙第七号証の一一ないし一四によれば、売上数量の増加にもかかわらず売上価格の低下のため売上高の減収となり、依然として経常損失を計上していることが認められ、この事実に徴すると、受注量、生産量が増加したことから直ちに経営危機が回避できたとは解し難く、それをもつて被告が受注見通しを誤まつたとか、本件人員整理の必要がなかつたということはできない。

前記乙第七号証の九ないし一二に当事者間に争のない事実を総合すると、被告の保有する現金及び預金は昭和五〇年末において八億円余、昭和五一年末において七億七〇〇〇万円余であつたことが認められるが、他方、右証拠及び前記大堀、井尻の各証言によれば、被告の負担する借入金及び手形債務が、昭和五〇年末においても昭和五一年末においても右現金及び預金額を超えており、その大部分が借入金及び手形の見返り又は担保として金融機関に拘束されており、同機関との将来の取引上ないしは同機関に対する信用維持のため、同機関の同意なしには相殺の用に供することは困難であることが認められること、そもそも、現金や預金の取崩しは一時的打開策にすぎない場合が多いところ、本件の経営危機は一時的打開策をもつてしては回避が困難なものであること及び現金や預金の取崩しは、先の見通しなくして行なつた場合には企業の体質ないし経営基盤を弱体化させ、将来一時的な原因による経営危機に対してすらなんらの対策も講じ得ないような深刻な事態を招く虞れがあることに徴すると、右のような現金及び預金をそのままにして、先に本件人員整理を行なつたからといつて、人員整理に先立つてそれを回避すべき手段を尽さなかつたということはできない。

前記乙第七号証の九、一一、一三、前記井尻の証言により真正に成立したものと認められる乙第五〇号証の四、同第五一号証の四、同第五二号証の四に当事者間に争いのない事実を総合すると、被告は株式会社神戸製鋼所等の一億三〇〇〇万円余に相当する株式等を保有していることが認められるが、右井尻の証言によれば、右株式等は受注先等の要請により取得したものであつて、その処分については受注先等の意向を無視してなしえず、しかも当時の株価が低かつたことが認められること、そもそも株式等の処分は一時的打開策にすぎない場合が多いところ、前記のとおり、本件の経営危機は一時的打開策をもつてしては回避が困難であること及び右処分は前記同様企業の経営基盤を弱体化する虞れがあることに徴すると、右処分をせずに先に人員整理を行なつたからといつて、人員整理に先立つてそれを回避すべき手段を尽さなかつたことにはならない。

被告が原告主張にかかる遊休土地を有していることは当事者間に争いがないが、前記大堀、井尻の各証言によれば、右土地は社員寮を建築するための予定地であつて被告にとつて不必要な土地ではなく、また、処分するにしても、市街化調整区域内にあるため、高価格での買主が見出し難いことが認められること、そもそも右土地の処分又は右土地への担保権の設定は、前同様一時的打開策にすぎないのであつて、先々被告の経営上右土地の必要性に迫られる可能性のあることをも考えた場合、本件の経営危機打開策としては、前記のとおり適当なものとはいえないことに徴すると、右処分をせずに本件人員整理を行なつたからといつて、人員整理に先立つてそれを回避すべき手段を尽さなかつたことにはならない。

甲第七〇号証、真正に成立したことにつき当事者間に争いのない甲第五四、第五五号証並びに前記大堀及び井尻の各証言によれば、被告はその系列会社である高田粉末冶金株式会社(旧高田実業株式会社)に出資し、役員を送り込み、被告所有地を賃貸及び担保として提供し、一〇〇〇万円以上の運転資金の融資をするなどの援助をしていることが認められるが、他方、右証拠によると、被告と同会社との関係は昭和四三年頃からのものであることが認められ、しかも本件経営危機は前述のとおりであつて、右援助をしたこととはなんら関連性を有せず、また、同会社に対する出資等を財産等の隠匿手段として利用していることを認めるべき証拠もない以上、右援助をしたことは、本件人員整理の必要性に消長をきたすものではないし、仮に右援助をしなかつたり、打切つたところで、一時的な打開策にすぎず、右援助をしたり、それを打切らなかつたからといつて、前同様人員整理に先立つてそれを回避すべき手段を尽さなかつたことにはならない。

被告が人員整理に先立つて、それを回避すべき出向、守衛業務の委託などの人員節減策を怠つたことについては、これを認めるに足りる証拠はない。

なお、本件解雇時に命休を実施していたことを認めるに足りる証拠はないが、かつてその手段を講じたことは前記のとおりであり、また、命休は将来業績が回復する見込みのある場合には、効果があるが、本件のようにそれが見込まれない状況のもとにおいては必ずしも適当な対策とはいえず、したがつて、命休の手段を講じたか否かは、人員整理に先立つてそれを回避すべき手段を尽したか否かについての結論を左右する事由たりえない。

被告の行なつた希望退職者の募集期間が昭和五一年四月五日から同月一〇日までであること、同月一二日組合から右募集期間を同月一七日まで延長してほしい旨の要求がなされたが、被告がそれに応じなかつたことは前記認定のとおりであり、また、右募集期間中被告において希望退職者の申出について個々の従業員に対し積極的な勧誘を行なつたことを認める証拠は見当らないが、前記認定のとおり、被告は既に同年三月一五日の工場協議会において組合に対し希望退職者の募集をすることを提案しており、現に同日一名の希望退職者の申出があつたこと、組合は同年四月五日まで希望退職者の募集に反対していたこと、被告は同月三日食堂内に希望退職者の募集の公示をしたこと、希望退職の条件は他の退職の条件に比べて有利であること、四月五日から同月一〇日までの間に事務系一名、現場関係一〇名の希望退職の申出があつたことに徴すると、募集期間が短期にすぎるということはできないし、被告に希望退職の申出について個々の従業員に対する積極的勧誘を期待することは会社の公正を疑わしめるとの口実を与える虞れがあることは想像に難くなく、それを期待するのは当時の被告と組合との交渉経過からみて酷というべきであり、また、募集期間を延長したところで右一二名以上に新たな希望退職者が現われる見込みもなかつたといえるから(仮に本件解雇後に退職者があつたとしても、前記大堀証言及びそれにより真正に成立したものと認められる乙第五七号証によれば、その者は右希望退職の場合より不利な条件で退職することになるものと認められるから、本件解雇前に退職の意思を有していた者は、それまでに希望退職の申出をしている筈であつて、本件解雇後に退職の申出をした者は本件解雇後に生じた本人の都合によるものと推認される)、前記事実をもつて、被告が人員整理を避け又は最少限にとどめるべき手段を尽さなかつたものということはできない。

被告の本件解雇後における受注実績、生産実績が当初の見込みを上回つていることは前記のとおりであり、当事者間に争いのない事実及び真正に成立したことについて当事者間に争いのない甲第三、第六ないし第八号証、同第六六号証の一ないし二一、同第六七、第六八、第七一、第七二、第七四ないし第七九号証によれば、被告は本件解雇後(1)人員整理をした部署に他の部署の者を配置換し、(2)労働時間を延長し、残業、公休出勤をさせ、(3)本件人員整理により退職した一名を高田粉末冶金株式会社に就職させ、(4)大和高田公共職業安定所に事務員の求人を申込み、(5)下請一名を増員し、(6)一旦退職した大山、松本、宮本を再雇用し、(7)原告主張にかかる数量の外注をし、(8)砂落し機を新規購入し、(9)前記合理化案の内容とされた残留従業員に対する二〇パーセントの賃金引下げを行なわず、逆に請求の原因2の(二)、(三)記載の賃金引上げ及び一時金の支給を行なつていることが認められるが、本件解雇後も被告がなお経常損失を計上していることは前記のとおりであるうえ、右(1)の点については、前記大堀の証言によれば、本件人員整理を前記の画一的基準をもつて行なつたため各部署間に人員配置上の不均衡が生じたのを調整したものであることが認められ、(2)及び(7)の点については、前記大堀、井尻の各証言、前記乙第二五、第二六号証によれば、前記受注競争の激化に対処して、また、固定費軽減のための労働力、設備の稼働率の維持及び受注先に対する信用ないし実績維持のため、低単価品の受注及び赤字受注による受注量の確保を優先した結果、多数の工程を要する高単価品の受注減をきたし、生産量又は一人当りの生産量の増加に比例して売上金額が増加せず、更に、前記のとおり受注先から納期の短縮を迫られ、それに間に合わせるため随時多くの労働力を必要とし、それに対処して増員すれば固定費が増大し、ますます損失が増加することになるため、労働力及び設備の効率的な活用、受注減及び工程の種類の変化に対応して遊休設備及び労働力の発生を極力防ぐ必要上どうしても労働時間及び密度の強化、設備の最大限の利用、外注の利用に依存せざるを得ないこと、被告はそのため従前より外注を活用していたことが認められることに徴し、(3)の点については、前記大堀証言によれば、高田粉末冶金株式会社は被告の傍系会社とはいえ別個独立の企業であり、本件人員整理により退職した一名の者はそこへ再就職したものであることが認められることに徴し、(4)の点については、そもそも現場関係の求人ではないうえ、右大堀証言によれば、右求人は本件解雇後に退職した者の欠員を補充したものにすぎないことが認められることに徴し、(5)の点については、右大堀証言によれば、仕事の繁閑に対応し易くするため、ガンマー線検査担当者を他へ配転し、その検査作業を下請させたものであることが認められることに徴し、(6)の点については、右大堀及び前記井尻の証言によれば、大山、松本の両名は本件解雇後に退職した者であり、宮本は臨時雇用であることが認められることに徴し、(8)の点については、右大堀証言によれば、同種の他企業で多く採用されていたものを、好条件で入手する機会があつた折に、作業の効率化、品質向上のために購入したことが認められることに徴し、(9)の点については、右大堀証言によれば、本件解雇直後の分は、物価の上昇、他企業との権衡を考慮し、従業員の労働意欲を増進させるため、組合との交渉を円満に解決するうえで、労働時間の四〇分間延長と引換になしたものであり、その他の分も、物価の上昇、他企業との権衡を考慮し、組合と協議のうえなしたものであることが認められ、企業が損失を計上していても賃金の引上げ又は一時金の支給をすることがやむを得ない場合があることに徴し、いずれについても、本件人員整理の必要性の存在に消長をきたすものとはいえない。

また、被告が二名の臨時工を整理していないことは当事者間に争いがないが、真正に成立したことにつき当事者間に争いのない乙第二四号証の一及び弁論の全趣旨によれば、右二名は高所の設備維持修理及び土木関係の作業に従事する者であつて、他の者をもつて代替できないことが認められることに徴し、右二名を整理せずに本件人員整理を行なつたからといつて、人員整理をするについてそれを回避すべき手段を尽さなかつたものということはできない。

更に、本件人員整理は前記のとおり現場関係については二五名を対象としたものであり、原告が前記基準に該当する以上、他の該当者が希望退職し、あるいは退職勧告に応じた結果、原告一名のみが残つたからといつて、解雇の必要がなくなつたものということはできない。

2  本件人員整理の基準の合理性等

次に、被告が右人員整理につき、その対象者を、事務、技術系統については全従業員の中から五名、現場関係については昭和四三年以降入社の者で三六歳未満の者二五名としたことが、合理的かつ公正な基準であるか否か、その後右基準該当者の中から一〇名を残留させたこと及びその人選が合理的かつ公正であるか否かについて検討する。

本件人員整理の基準は、入社歴、年齢という被告の必要性又は経営改善に必要な要素とは直接関連性を有しない項目であつて、将来性における貢献の期待性がありかつ低賃金の若年者を整理するという被告にとつて不利益となる虞れのある基準であるから、経営危機を打開するための人員整理の目的に反するきらいがないではなく、整理解雇の基準としての合理性が存在しないかにみえる。しかしながら、右の如き不利益があるとはいえ、一定の人数を整理すれば固定費が軽減されるのみならず、入社歴の古い者、年齢の高い者は、被告にとつて高賃金で将来における貢献の期待性が低いものの、経験により修得した技能の蓄積、被告に対する過去の貢献、定着性などそれを補つて余りある長所もあるから、企業の必要性について実質的な項目を考慮した人員整理の基準を設定した場合に、それが抽象的であるほど個々の項目について評価が分れ、従業員に右基準の合理性、公正さについて納得を得られるような基準の設定が困難であり、それをめぐつて労使間で紛糾することが予想されるような状況にあつた当時において、被告がそれを回避するため、被告に対する貢献度が低いこと及び再就職の可能性が大きいことを優先的に考慮して、前記のような画一的基準を設定したことは、公正さの保たれていることについては問題がなく、また人員整理の目的に反する不合理なものということもできない。

また、前記希望退職者が現われた段階で、右基準該当者の中から被告に必要な技術者一〇名を選別したことについては、右大堀証言によれば、右基準設定当初、同基準の内又は外からどの程度の希望退職者が現われるか不確定であつたので、希望退職者が現われなければ右基準該当者全員を解雇することを前提に、希望退職者が現われた場合にはできるだけ指名解雇される者を少なくすると共に、被告の今後の経営にとつて必要な技術を有するか、又はそのような技術の進歩の見込みのある者を残留させる意図で、希望退職者中右基準に該当しない者と同人数の者を右基準該当者中から選別して残留させることとし現に前記希望退職者が現われた段階で前記のとおり一〇名の残留者を選別したものであることが認められるから、右残留者の選別は前記基準を前提としているものであつて、右基準を設定した趣旨と相容れないものではなく、また、前記基準又は方針を変更したものでもない。

そして、前記大堀証言及び同証言により真正に成立したものと認められる乙第一四、第五六、第五七号証に弁論の全趣旨を総合すると、被告が右基準該当者中から選別した一〇名は、それぞれ所属の部課長及び下部職制において、その職場で必要な技能を有するか、又は技能進歩の見込があつて将来性等を有し、被告の今後の経営に必要な人材であると認めた者であることが認められる。

この点について、原告は、自分は被告において必要とするあらゆる技能を身につけ、主として従事していた溶接作業については全種類の溶接技能を有するなど、残留者として選別された一〇名に比較して出勤状況、勤務態度等いずれの点からみても優るとも劣ることはなかつたなどと主張し、原告本人尋問の結果及び証人川畑徳仁の証言中には、原告が他の残留者より能力及び勤務成績の面において優れ、被告にとつてより必要な人材であつた旨述べている部分があるが、前記大堀証言によれば、原告は、被告における勤務について最も重要な部分を占める電気(アーク)溶接の技能検定の更新試験に失敗したこと及び右乙第一四号証の記載に照したやすく採用できず、他に原告が残留者と同等もしくはそれ以上に被告の経営上必要な人材であることを認めるに足りる確たる証拠は存しない。

3  協議義務の懈怠の存否

被告と組合との本件人員整理に関する協議の経過は前記二の5の認定のとおりであり、これによれば、双方の合意にまでは至らなかつたとはいえ、被告としては組合に対し早くから資料を示して人員整理の必要性について種々説得に努めていたことが明らかであり、また、組合が当初から希望退職者の募集にすら強硬に反対していた前記のような経緯に鑑みれば、被告が前記人員整理の基準を昭和五一年四月一二日になつて初めて組合に提示したことも、更に協議が紛糾するのを避けるためその提示の時機を遅らせたものであることも窺うに難くなく、やむを得なかつたものといえるし、組合もそれに対して抗議文を掲示したのみであつて、その後それにつき協議を申入れた形跡も認められないことをも考え併せると、被告が本件人員整理について組合との誠実な協議を尽さなかつたものとはいえず、また、従業員に対して説得が十分でなかつたともいえない。

4  以上のとおり、本件解雇は、被告が将来回復の見通しがたたない不況及び赤字受注による経営危機を打開するため、人件費等の固定費の軽減を計るべき手段として人員整理の必要に迫られ、その必要な範囲で、合理的かつ公正な基準及び人選に基づき、組合との協議ないし従業員に対する説得を尽したうえ実施されたものということができ、右は被告の就業規則四五条2号の「やむを得ない業務上の都合によるとき」に該当するというべきであつて、それについて、被告が信義誠実義務に違背したとか、解雇権を濫用したものとは認められない。

四  不当労働行為の存否

前記大堀の証言によると、昭和四三年ないし同四五年頃、被告の計画した研修会又は講演において、招かれた講師が従業員に対し反共産主義の内容を含むかの如き講演をしたことが窺われるが、それが被告で意図した内容のものであるか、また、それがどのような意味で述べられたかは詳らかではなく、しかも本件解雇より五年以上も前のことであつて、右講演と本件解雇との間に関連性があるとは解し難く、証人川畑徳仁及び同清水正は、被告が従業員に対し反組合的、反共産主義的教育をしたとか、組合役員の選挙に干渉したとか述べる点は、抽象的であり、かつ推測の域を出ず、また、それが本件解雇に関連するものであるとも解し難く、更に、原告が組合の役員となつたことが本件解雇をされる原因となつているとの点は、原告本人尋問の結果及び証人大堀の証言によれば、原告は昭和五〇年無投票で職場の代議員となつたことが認められるが、右証拠によれば、代議員は組合の執行機関でもなく、その選出は選挙による場合もあれば、持回りによる場合もあることが認められるのであつて、代議員になつたからといつて、そのことから直ちに被告が原告の言動を特に注目するとは解し難く、その他に被告が組合において活動が注目される若い従業員又は共産主義を信奉する原告を排除する目的をもつて本件人員整理ないし本件解雇を行なつたことを認めるに足りる証拠はない。

五  以上のとおり、被告による原告に対する本件解雇は有効であつて、それにより原告は被告の従業員の地位を失つたことになるから、右地位の存続を前提とする本訴請求はその余の点について判断するまでもなくすべて理由がない。

よつて、原告の請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 上田次郎 草深重明 小泉博嗣)

(別紙省略)

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